さしみ海域

くだらない記事を気まぐれで書いています。

小説 天使のようなモノ 01

 

この世には、天使が存在する。

ある時は人の命を救い、ある時には人の命を奪う気まぐれな存在。

 

これは、そんな中でも変わり者の天使の物語。

 

日本 横浜

 

レインコートを被り、家へと走る。

ひやりと冷たい秋の雨は、轟音を立てて地面へ街へ降り注いでいた。

「…いしょっ。」

重たいレジ袋を持ちながら、歩道をなんとか歩いていた。

自販機の前に差し掛かると、突然声がする。

「…の!…」

どうやら、声は自販機の下から出ているようだった。

神妙な顔をして、自販機の前でしゃがむ。

「あ…そっちじゃなくて…」

その声は、自販機の下の排水溝から聞こえていた。

「すいま…!引き上げてもらっ…」

水によって、声が途切れている。

「大丈夫ですか?!引き上げますから手を出してください」

そう叫ぶと、排水溝から出てきたのは…

水色に光る触手だった。

「うわっ!」

思わず大声をあげてしまった。ゼリーのような見た目のそれは、ウネウネと動いている。

「…はや…!」

何がなんだか分からないまま、その青い触手を引っ張る。

 

するっと、大人一人分くらいの大きさの海月が出てきた。

「わっ!」

排水溝から出てきた海月は、地面にベタッとくっついた。

「あ…ありがとうご…」

お礼を言いかけた海月は、水を勢いよく吐き出す。

本当に、何がなんだか分からない。なんだこの生き物は。

「あの…申し訳ありませんが、少し暖かいところへ送ってはくれませんか…」

一本の触手で肩を掴んで立ち上がると、レインコートの中に入り込んでしまった。

背中にスライムのような感触が伝わってくる。手で取ろうとしたが、どうしようもできず、そのまま家に走った。

 

ストーブの効いた暖かい部屋で、コーヒーを入れる。

…ダイニングには、あの海月が座っていた。

「助けていただいて、本当にありがとうございます。海に放り出されるところでした…」

海月は海にいるもんじゃないのか。そう言いたかったが、そんな質問をする体力もなかった。

「えっと…君は誰…いや、何なんだ?」

二足で歩きはするが、明らかに人ではない。誰というのは適切でない気がした。

「はい、あの…私は、天使です」

天使なら、もっとそれらしい見た目があるだろ。

「天使…天使かぁ…」

色々な事が起こりすぎて、頭がクラクラする。

「私には、あなたの名前が分かります。」

突然、そう言われ、面喰ってしまった。

「私が天使だということの証明です。あの黄色いレインコート…名前は…ジョージですか。」

「その場合お前が引き込む側だぞ。」

俺が何歳に見えているのだろうか。

「まぁこの際名前は置いておいて」

置かれても困る。自分から言っておいて。

「先ほども申し上げた通り、私は天使です。私はその中で人間の悩みを解決するために存在していたのですが…リストラされまして。」

リストラとかあるのか。

海月天使は続ける

「それで、あなたに助けてもらったお礼として、あなたのどんな悩みでも叶えるということを約束したいのですが…いかがでしょう」

悩みを解決する、か。確かに、天使の力を使って悩みのない人生を送れるのなら、それは喜ばしい事だが…

「あー…その、例えば解決できない悩み…ってのもあるだろう。それはどうやって解決するんだ」

魔法の力で、なんとかするのだろうか。魔法なんて、ホイミ以外使えそうに見えないが。

「…なんとかします。」

ものすごく頼りない返答が返ってきた。

「でもでも、大体のことは私はできます」

こっちの顔を見て、焦ったように早口で言う。

「…例えば。」

「透明になったり、自在に声をコピーしたり…あ、あと…なんかできます…」

かなり自信がなさげだ。

こちらの表情を伺うと、海月天使は

「だから捨てないでください!なんでもやりますから、海に流すのだけは!」

だからお前は海にいるもんだろ。そしてこいつはうちに住む気なのか。

「わかったわかった、一回落ち着いて。」

溜息混じりに答える。

「いいよ、そこまで言うなら…」

早く休みたい。承認しないと何時間も粘りそうだ。

「ありがとうございます。ジョージさん。」

「ジョージじゃねぇっての。腕嚙み千切ったろか。」

「立場が逆ですって」

海月天使は、真っ白な紙を取り出す。

「えーと、ここにお名前と氏名を記入して、契約して頂いてもいいですか」

お名前と氏名は一緒だぞ。

「ペン持ってないんだけど。」

「じゃあ、ここに山羊の血があるのでこれで書いてもらっても」

「お前本当に天使か」

部屋の棚からボールペンを取り出し、紙に名前を書く。

「…はい。ありがとうございます。それでは、えー」

「島田純さん。これからよろしくお願いします。」

 

妙な天使との生活が始まった。