小説 天使のようなモノ 02
雨の轟音と共に、壁掛けの時計が7時を告げた。
例の海月…もとい天使は俺の横でソファーに座り、プレステを遊んでいるところをしきりに見ていた。
キャラがダメージを受けると、小さくあっと声を出してくる。鬱陶しい。
「そんなにこのゲームが気になるのか?」
黙らせるために、ひとつ尋ねてみる。
「何十年ぶりの人間社会ですので…あっ、そこの床にサインありますよ」
そんな事は分かっている。
海月は言葉を繋げ、つぶやくようにして言った。
「しかし…テレビも随分進化しましたね。画面も随分大きいですし、私の知る分厚いのとは大違いです。」
ブラウン管の事だろうか。今はほとんど存在しないと思うが、何十年と言ってもそれほど昔でもないのかもしれない。
「あっ、そこです。そこの角を…あっ、そっちは闇霊が」
横からの小言にそろそろ痺れを切らそうとした時、玄関の鍵が開く音がした。
「ただいまー。お兄、タオルあるー?」
妹の岬の声だった。ゲームを中断し、玄関までフェイスタオルを持っていく。
「おかえり。傘持って行かなかったのか」
「部屋に忘れちゃってね、はは」
濡れた髪を拭きながら話す。
「とりあえず風呂に入ってこい。」
そう言うと、さっさと風呂へ走っていった。
岬が風呂から上がってくると、隣にいる海月について言及した。
「お兄、あのさ。私の幻覚かもしれないけど…その…デカい海月は何?帰ってきてからずっと見えるんだけど」
どうやら岬にも見えるらしい。俺が答えるよりも先に、海月は答えた。
「あぁ、どうも。私は天使です。今日からここに住まわせていただく事に」
触手をひらひらとさせて手を振る。当然ではあるが、神妙な顔をしていた。
「まぁ、なんだ。いきなりこんな事になってもよく分からないだろう。とりあえずそこ座って。」
海月の方をじっと見つめながらソファーに座る。長い触手をしきりに触ったりと、随分と興味があるようだった。
「てな訳で、ここに住むことになった。正直喋ってる俺ですら意味が分からないけれど」
「ですので私は、恩返しとしてあなた方兄妹の悩みを解決することを約束します。それと、私は服を売っていた経験はありません。」
話を聞いている間も、岬はずっと青い触手を触っていた。
「ところでさ、この人に名前はないわけじゃん。名前がないって言うのは色々と不便だと思うのだけれど。」
確かに、岬の言う事も一理ある。確かに、いつまでも海月と呼ぶのも変な感じだ。
「どんな名前でもかまいませんよ。例えばカニとか、イカとか。」
こいつは自分がどんな見た目をしているのか知らないのだろうか。
「んじゃ、一個案があるんだけれど」
岬が小さく手を挙げる。
「どんな名前だ」
「きくらげ」
クラゲじゃないか。いや、きくらげはクラゲではないのだけど。
「どうお兄、結構いいと思うのだけど。」
「きくらげ…いい響きですね。なかなか気に入りました。それにしましょう。」
「ふっふっふ…この私のネーミングセンス、素晴らしい。にへへ」
我が妹ながら、気色の悪い笑い方をするものだ。こいつの才能と言ったら、ゲームの屈伸煽りの技術だけだと思っていたが。
「本当にお前はその名前でいいのか、結局クラゲだぞ。」
「ええ。きくらげ…うーん、凄くいい。」
「フッ…よしたまえよきくらげ君…」
岬は触手を首に巻いて捻じっている。
「それでは、改めまして。今後はきくらげとお呼びください。」
海月の名前は、きくらげに決まったようだ。どうにも府に落ちない。
「時にきくらげ君よ。私には今悩みがあるのだ。」
「はいはい、どんな悩みですか?多分解決します。」
頼りない返事だ。
「首にこれ絡まったのだけれど、取れる?」
首の触手は、複雑にもつれていた。